※この記事は、実際の子育て体験をもとに、不登校という現象の背後にある教育構造の問題を掘り下げていくシリーズの第4回です。
■ 感性が“戻ってきた”場所
息子は、もともと音楽や図工が好きな子でした。
幼い頃は、音の鳴るおもちゃに夢中になったり、家にある紙という紙に絵を描いていたり。段ボールやアルミホイルやガムテープで私にはわからない何かを作ったり。
クリスマスにはコンサートに出かけたし、旅行やお出かけで工作やキャンドルのワークショップに参加するのも楽しみにしていました。
けれど、小中学校の授業になると「つまらない」「ひま」「面倒」と、ぽつりぽつりと口にするようになっていった。
特に音楽や図工のあと。好きだったはずのものを、なぜそんなふうに言うのか——
私にはすぐにはわかりませんでした。
でも、あるときふと気づいたのです。
それは「嫌いになった」というより、**“好きだったものが、よくわからなくなった”**のかもしれないと。
やらされる感覚。
“自由に描いていいよ”と言われても、決まった正解があるような空気。
出来上がったものが評価される、比べられる。
感性に向きあう時間が、だんだん息苦しくなっていったのではないか。
「それがなんで点数になるの?」と聞かれたこともありました。
でも、それ以上の説明は彼から出てこない。
むしろ言葉にすることを、あきらめているようにさえ感じました。
——あの頃、彼に必要だったのは、
“そのまま感じたままでいいんだよ”と言われる場だったのかもしれません。
■ 副教科は、“逃げ”の場じゃない
最近では、副教科を重視する受験制度も増えてきました。
たとえば都立高校では、美術や音楽などの内申点が主要教科の倍に換算されます。
でも、それが“感性を大切にしている”ということと、
本当にイコールなのだろうか?と、私は思うのです。
感性の教科が、また“点数”や“選抜”の材料になっていく。
誰かに評価されることが前提になる。
その中で、子どもたちは本当の「好き」や「感じること」を守り抜けるのだろうか?
感性って、本来そんなふうに扱われるものではないはずです。
上手い下手ではなく、「わたしはこう感じた」があってよかった。
言葉にならないものを、形にしてみることに意味があった。
息子がしぼんでいったのは、
そういう“感じてもいい、出してもいい”という空気が、教室になかったからだと思います。
■ 学びは、感じることから始まる
今、息子は通信制高校で、また描きはじめています。
観察実習でスケッチした植物を見せてくれたり、
「これ、描いた」と無造作に机の上に置いてあったり。
それが上手かどうかなんて、彼は気にしていないようです。
でも、その中には確かに「自分」がいる。
世界と自分を、つなぎなおしているような時間が、そこにある気がしています。
思うのです。
学びって、こういうところから始まるんじゃないかと。
正しいことを覚えるよりも、
自分の感覚で「これはなんだろう」と感じてみること。
その気づきを、自分なりの形で外に出してみること。
それを誰かに見てもらい、「いいね」と言われたり、何も言われなかったりしながら、
少しずつ“自分”をつくっていくこと。
■ “好き”がある場所に、人は育つ
感性の教科は、主要教科の補助でも、できない子の逃げ場でもない。
むしろ、「好き」という気持ちが宿る、学びの根っこだと思います。
論理や暗記ではうまく力を出せなかった子が、
音に反応し、色にときめき、手を動かすことで、生き生きし始める。
「これなら、やってもいいかも」
そう思える瞬間があるだけで、
子どもは学びに向かう力を取り戻すことができるのです。
そして、思い出すのは——
彼は児童相談所の一時保護の中で、黙々と折り紙を折っていたそうです。
誰かに言われたわけでもなく、ただ手を動かして、
小さなくす玉をいくつも作っていました。折り方によって、きれいな模様が描かれたり、きれいな隙間が出来上がったり。
学校でも家庭でもない場所で、何かを「つくる」ことが、彼の心を少しずつ整えていたのかもしれない。
その手元から静かに生まれていくものに、私は救われるような気持ちでいました。
あのときすでに、彼は「自分を取り戻す場所」を探しはじめていたのだと思います。