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発達グレー・不登校のその先へ——変わりはじめた〈学びのかたち〉

学校に通えなくなった子が、やがて自分のペースで動き出す——その姿から、私たちは教育の本質を見直すことができるのかもしれません。発達グレー・不登校の育児から見えてきた“学び”の形を綴るブログです。

不登校の親だからこそ知った苦しみと、深まった親子の絆

今回は息子の不登校を通じて、親としてつらかったことを振り返ってみたいと思います。私は基本的に「つらいこと」の記憶は忘れがちです。

今、お子様の不登校で苦しんでいる親御様がいらっしゃったら、そのつらさを振り返ることができる未来は必ず来るから、この不登校の時期は通過点だと思って、子供を信じて自分のことも大切にしてください。

 

■ 朝の時間との戦い

朝は本当に大変でした。息子を起こすのに30分以上かかりきり。まずは声をかけ、次にマッサージをし、ストレッチをして、まるで介護のように体を起こします。「目の覚めるフルーツ」や「コーヒー」を出し、できるだけ冗談っぽく、楽しい雰囲気で。

「くすぐるのとマッサージどっちが目が覚める?」

「目の覚めるイチゴが目の前にあるよ」

「コーヒー飲む?それともシャワーまで連れてく?」
けれども、私にも出勤時間があります。必要以上に早く起こすことはできないし、時間との板挟み。でも、焦る気持ちは絶対に出さず、穏やかにふるまうようにしていました。内心はいつもギリギリでした。

■ 学校への連絡の苦痛

「今日も行けません」と伝える電話。これも心が重くなる瞬間でした。途中からはWEB連絡になり、少しは気が楽になりましたが、それでも「今日は行けるかも??」という微妙な時には、“遅刻で行けるかもしれません。もし登校できたら笑顔で迎えてください”と書き添えたり…。親としての葛藤をいつも抱えていました。

■ プライベートの予定が崩れるつらさ

一番きつかったのは、本人も楽しみにしていた予定が直前で崩れてしまうことでした。コロナ以降、飲食店やイベントは予約制。おばあちゃんの家に年末年始行けなかったこと、社員旅行の手配をしても途中参加になったこと、予約していたトランポリンに行けなかったこと…。ホテルSTAYも後から合流になったり、旅行の往路で不機嫌になってしまったり。息子の体調や気持ちに振り回される日々でした。

■ 怒りを抑える難しさ

もちろん、そんな息子に振り回されていると、どうしてもイライラがたまります。怒ると状況がさらに悪化することがわかっているのですが、心に余裕が持てず爆発してしまうことも…。そのたびに「まだまだ私も修行が足りないな」と感じていました。

■ 上の子への申し訳なさ

そして、もう一つ心に残っているのは、上の子への負担です。どうしても弟に手がかかり、心配や我慢をさせてしまったこと。たまに二人で出かけたり、声をかけたりしていましたが、それでもしんどかったと思います。

 

また、これは良かったのか悪かったのか…

私は一人親だったので、自分の判断で息子に向き合うことができました。
「学校に行けない」「朝起きられない」という状況を、元夫に理解してもらう必要はありませんでした。その点では動きやすかったのかもしれません。

けれども同時に、つらいときに気持ちを共有できる人がいなかったのも事実です。今振り返れば、「よく一人で頑張ったな」と思います。特に、児童相談所の一時保護を利用したことは、「これでよかったのだろうか…」と胸が痛む出来事でした。

 

不登校だったり、発達特性があったり、子供にトラブルがあると、本人同様親としても日々の生活が大変で心が折れそうになります。でも、そのつらさから逃げずに、一緒に悩み、一緒に泣き、一緒に笑いながら過ごすうちに、親子の間にはこれ以上ないくらいの強いきずなが生まれます。

そう考えると、不登校の時期は、子供にとても親にとっても大切な時間なのかもしれません。