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発達グレー・不登校のその先へ——変わりはじめた〈学びのかたち〉

学校に通えなくなった子が、やがて自分のペースで動き出す——その姿から、私たちは教育の本質を見直すことができるのかもしれません。発達グレー・不登校の育児から見えてきた“学び”の形を綴るブログです。

第2回:「不登校支援」から「学びの選択肢」へ——学校外の学びを正当に制度化する

3回にわたる「不登校」という現象をめぐって、私自身の体験や思いをもとに、子どもとの関わり方や社会のまなざしについて考えていきたいシリーズです。

第2回となる今回は、”支援”という上下ではなく、並列の”選択肢”の重要さをお伝えいたします。

 

息子が中学に通えなくなったとき、私は“次の一手”を探していました。

学校に行けないなら——。
まず勧められたのは、適応指導教室(適応教室)でした。いわゆる「不登校支援」の場所です。民間のフリースクール通信制のサポート校も調べました。地元の個別塾も候補に入れました。

けれど、最終的に息子が「行ってもいい」と言ったのは、私の職場でした。
「家にいるより、そっちのほうがマシかも」と彼はつぶやきました。

そこには、日常がありました。ふだん通りに働く大人がいて、誰かがコーヒーをいれ、誰かが雑談をし、誰かが忙しそうに電話をしている。誰も、彼を「特別な存在」として扱わない。私の同僚たちは、息子を「支援の対象」ではなく、自然にそこにいる“人”として受け入れてくれました。

彼は、自分のペースで、眠り、食べ、会話し、ときに散歩に出かけ、本を読み、パソコンで調べ物をし、ゲームも塾の宿題もしていました。
その暮らしの中に「学校に行っていない」という引け目はありませんでした。そこには「社会と接続されたままの時間」があったのです。


■支援のつもりが、子どもを“囲い込む”こともある

私たちは、不登校の子どもに対して「支援の場」を用意しようとします。学校復帰を目標とした適応教室や、居場所としてのフリースペース。それらが命綱になる子もいます。必要な支援が確保されていない地域もあるのが現実です。

でも、「支援の場」は、時に子どもを“囲い込む”構造になってしまうことがあります。
たとえば、適応教室であっても、「週何日通えるか」を指導要録に記載されると聞けば、それはすでに「出席率を問われる場所」です。支援の名のもとに、学校の延長のような管理や評価が持ち込まれてしまうこともあるのです。

もちろん、息子も自分で選んでいたからこそ、あの時間を肯定的に過ごせたのだと思います。でも、改めて感じるのは、「どこで」「どう過ごすか」を選べること——それが本当に大切なのだということです。


■「学校以外の選択肢」を正面から制度化するということ

私は、学校外での学びを「支援」ではなく「選択肢」として位置づける制度が必要だと思っています。

現在の教育制度のなかでは、「学ぶ」と「在籍する」がほぼイコールで扱われています。学校に在籍し、校長が出席を認めた場合に限り「出席扱い」となります。校長裁量の範囲内で、フリースクールや学習支援施設に通っても“出席”にできる——という仕組みはあるにはありますが、これはあくまで例外的措置です。

でも本来、「学校に通えない子」ではなく、「別の場で学ぶ子」として制度のなかに位置づけられるような仕組みに変えるべきではないでしょうか。
つまり、「どこにいるか」ではなく、「どう過ごしているか」が問われる仕組みへ。

そうでなければ、子どもたちはいまだに「学校がダメなら支援を受けるしかない」という、受け身の選択肢しか持てません。
支援の提供者がどんなに善意でも、「学校で学べない子を助ける」という構図から抜け出せない限り、そこには“当事者の選択”は生まれません。


■「普通の社会」の中に身を置けることの意味

息子にとって、私の職場という場所は、支援でも保護でもありませんでした。
ただ、ちょっと居させてもらえる“社会”でした。

ひきこもらないこと。
睡眠と食事のリズムを保つこと。
人と関わり続けること。

それらを“頑張って”やるのではなく、ごく自然に、さりげなく続けられたのは、「日常の営みの中にいたから」だと思います。

もちろん、すべての子に「親の職場」が選択肢になるわけではありません。でも、企業や自治体、NPOなどが「子どもが日常的に関われる大人のいる場所」を開くことは、もっとできるはずです。
子どもが“ふつう”に社会に関わりながら、自分の時間を過ごす。そのことが、未来への希望と自信を取り戻す土台になるのではないでしょうか。


■「下位互換」じゃない、“並列の選択肢”を

私の願いは、学校以外の学びの場が「学校の代用品」ではなく、「並列の選択肢」として認められることです。

学校に戻る前段階ではなく、学校より“下”の場ではなく、「その子にとって最適な学びの場所」として正当に評価されること。
そのためにこそ、「学校ではない場で学ぶこと」を公的に保障する制度改革が必要だと考えています。

今の日本には、すでに多様な学びの実践があります。民間のフリースクールも、地域のコミュニティスペースも、自宅学習も。
けれど、それらは制度の外に置かれたまま、個人の努力と経済力に委ねられています。

「支援」ではなく「選択肢」として、すべての子に学びの自由を。

そして、そうした選択肢が実際に使えるようにするためには、制度や財政の支えが必要です。たとえば、フリースクールや通信教育への補助、公立学校の授業配信など——そうした具体的な制度設計が次に求められています。

 

次回は、シリーズ最終、具体的に親にできることと、現行の義務教育制度の枠組みの中でもできそうな変更点の提案です。